宮崎・岐阜百笑一揆

2人の先生との出会い。

10年以上も耕作放棄されていた土地からは農薬も化学肥料も

ほぼ抜けていてきっと素晴らしい状態だろう、とは思いましたが

単純に元田んぼだった土地に畑って作れるのかな?????

と言う疑問が出ていました。

ある知人に聞くと「そりゃ~田んぼは粘土だから掘り返して、

土壌を畑の土に入れ替えんといかんですよ!」と言うじゃないですか!

「ええ~っ。土を入れ替えるなんてできんのかよ!」とパニックでした。

そんな疑問が出て来た時に私は先生と呼ぶべき、というか本当に先生

なのですが、公認会計士の川合千佳雄先生にお会いするのです。

私が役員を務める会社の新しいソフトウエアの財務的な監修で企画に

参加して頂くことになる川合先生が農業との大きな接点を作ってくださったのです。

ソフトウエア会社を経営する私の10年来の友人の上山崎さんが新しいソフトウエア

の話の中で、私が「農業はこれからええんちゃう?!娘がアレルギーっぽいから

無農薬の作物を食べさせたいんでね~」と雑談の中で話していると、「そういえば

うちのセンセはそんなんやってましたわ。今度聞いときますわ」とおっしゃってくださり

その数日後に再度電話でこう教えてくれたんです。「うちのセンセにお聞きしたら

川合センセの農業のセンセは物凄くすっばらしいらしいですわ!本を出してはるらしい

ですよ」とこうおっしゃるわけでした。本に関して言えば、読書大好きな私はネットで

すぐに探しました!そして見つけてしました!即注文です。

天然自然農法のすすめ」阿藤鋭郎著

副題に「天然自然農法はどうだを世に問う」とありました。

b0181417_23221784.jpg


それまでに自然農法に関する本は数多く読んで来ましたが、明確な5つの原則を

指し示している本は他には無かったのです。その5つの原則とは

①無耕起(森と同じように耕さない)

②無堆肥(堆肥を別の場所で作らず有機物を土の表面に置いておく)

③無除草(草は引き抜かず刈り取ってその場に置く、ただし受光量を確保するため

 作物より大きくはしない)

④無散水(作物の根の力を信じて極力水遣りを控えて雑草のように根張りを強くさせる) 

⑤幅広畝(120センチの幅の広い畝で栽培する)

の以上5つです。そしてこの5つだけを実践して、要らない事はしない!そうすれば

収量は自ずと増加して行き、最終的には3倍くらい他の畑よりも収穫物が増える!

と書いてありました。

私は「ここここここここれだ!週末農業で楽しみ、美味しいものを作って、家族にも

喜ばれ、健康も手に入れ、最終的には沢山採れて、売れればお小遣いも増える!」

踊りだすような気持ちでした!

それからの数日間は「奈良に見に行きたい!」「奈良で教えてもらいたい!」「阿藤センセ

に会いたい」と考えるようになりました。

4月20日に新ソフトの打合せに上山崎さんと川合先生とお2人のプログラマーの方

4人で宮崎にお見えになりました。川合先生との始めての対面です!

物腰の柔らかい、優しい眼差しが印象的な先生でした。ソフトの話もそこそこに

私は農業の事、阿藤先生の事、川合先生が体験された事など色々とお話しました。

お話を聞いているとますます奈良に行きたい気持ちが高まってきたのです。

「ああ!やっぱり奈良に行ってどんな畑で、どんな作物が栽培されていて、

阿藤先生とはどんな方なんだろう」とどんどんと気持ちは高まってきます。

しかし、一言だけ気になる川合先生のお言葉がありました。

「阿藤さんはヘンコな人やで・・・・・・・・。」

ヘンコってなんだろう???上山崎さんにお聞きすると「ヘンコ言うたら、偏屈、頑固って

ことですわ」との事でした。

ひえ~~~~。どうしよう!奈良に行ってもめっちゃ怖いオヤジさんが出てきて「帰れー!」

とか怒鳴られたら・・・・・。こんな葛藤が数日間あった後に女房が背中を押してくれたのです。

「行ってみてお会いできなければ、西宮のお姉さんの所に遊びに行ったら」と私の気持ちを

察して和らげてくれたのです。「よし!行こう!」心は決まりました。

教えて頂くなら、ご縁があって、尚且つ日本一の先生に教えてもらおう!と決めたのです!
# by tsungara | 2009-05-21 23:16

畑との出会い。

農業経験の全くない、本を30冊読んだ程度の私にとって農業は

全く未知なものでした。

群馬県伊勢崎市出身の母は高校3年間を山梨県都留市の豪農の叔母に

養女に行き苦労して高校を卒業しました。

その母が私に農業について語る時「農業は辛いよ~!農業はきついよ~!

麦踏なんて寒い寒い!」ネガティブ発言以外は聞いた事ありませんでした^^

父の出身は福岡県田川市で、父の祖父虎治は後藤寺炭鉱の炭鉱主

だったと聞いています。そのおかげで祖父忠男は地元ではかなりの遊び人

で、曲がった事が嫌いな任侠な男だった様です。祖父は長兄が第1回満州

炭鉱の工場長として派遣され、その後を追って家族と満州に渡り、敗戦後

帰国しています。父の青春は五木寛之氏の小説「青春の門」そのものだったと

思います。親父に聞けば「そんないいもんじゃね~ぞ。毎日毎日腹が減ってて

何でも食ってたぞ」と良く話をしてくれます。満州からの帰国時の苦労はなみなみ

ならないものであったと思います。コーリャンと煎り大豆をポケットに歩き、中国大陸

を子供たちも歩いて帰ってきたのですから現代の我々には想像は出来ません。

父は食べて行くためにはどんなことでもする!(警察にはやっかいになっていませんが)と

言うほど気合の入った人で私はなんだかんだ言っても一生追い越すことは出来ません。

この親父も母と一緒になり、一時期母の養父の元に行き、山梨県都留市で百姓をやりながら

都留市の納税課におさまりそうな時期があったそうです。

東京オリンピックの前で、稲刈りを近所の手伝いのおかみさん達とやったところが、自分は

5分の1くらいしか刈れてないのに、1日作業をやって3日間寝込んだと言ってました^^

こんな話を良く聞いていた私は農業従事者を「百姓」とどちらか悪い、低いイメージの見方

、考え方をしていたと思います。今「百姓」を目指している私は「百姓」の意味が分らないまま

43年間生きてきたと言うことだと思います。「百姓」とは「100個の作物の作り方、栽培の

仕方、知恵がある人」と言う意味で素晴らしい名称だったのです。

そんな私が食について考えさせられ、多くの本を読み、たどり着いた答えは

「実際にやってみないと何にも分らん」ということでした。
それから畑探しが始まりました。農業ってすごく大切じゃないかと思ってから

約半年が経ってました。そして、今の畑にめぐり会えたのです。

高校~大学~社会人とお付き合いをしてきた同級生が探してくれました。

お手伝いに行っている運送会社の副所長さんが10年間位耕作していない土地を

貸してくださると言う話が舞い込んで来ました!早速友人の車で現地に向かいました。

川の横の背丈より高い草は生い茂ってはいるものの最高の環境に感動しました。

その時は他の場所もいくつかお話を伺っていましたが、自宅から約15分のこの場所に

決めようと思ったのは翌日の2009年4月26日でした。なんと私の女房の誕生日でした!
b0181417_13491392.jpg

             背の高さより高いアシなどの草達と畑
# by tsungara | 2009-05-20 12:09

福岡正信さんて・・・?

前回の続きですが、福岡正信さんの名前が多くの自然農の

方達の本やブログ、HPで出てきているのには驚きました。

どんな方なんだろう?カリスマかな~?などと考えながら

本屋さんの棚から「わら1本の革命」を手にして、1983年

5月が初版、2008年2月の第9刷の本の表紙には、ひげ

面の爺さんが載っていました。b0181417_2318243.jpg

この爺さんがその「福岡正信
」か~

と思いました。「耕さず、草もとらず、肥料もやらず、しかも多収穫!」・・・

はっきり言いまして農業を知らない私でも「嘘やろ。マジかよ」って感じ

しかし、多くの諸先輩方が崇めているようですので、読んでみよう

(1200円税別)を持ってレジに向かいました。

自宅に帰り読書大好きな私は読みました。

「かーっ!この爺さんすごいな!ただの爺さんじゃない!会ってみたい!」と

単純に思いました。

その後私は「きくちゆみ」さんのブログで自然農法を実践しているとされる

「赤峰勝人さん」「川口由一さん」のお名前に遭遇します。

なんと赤峰さんは大分県野津町に在住のようです!また赤峰さんの活動

されている「なずなの会」の「なずな」の看板は私の住む宮崎から仕事で

大分に向かう時に見た事があったのです!

「うーん。なんか運命的にこの赤峰さんの弟子とかになって農業をやっちゃったり

して~^^」とか勝手な妄想を抱いたり、川口由一さんの著書を数冊読んでいるうちに

奈良に移り住み農業に精を出している自分の姿を思い描いたり、そんな数ヶ月を

過ごしていたのです。

その妄想や夢物語をぶっ叩くような発言に私は目が覚めたのです。

大学、卒業後も兄貴のように付き合ってきた臼井麻紗杜さんから、私の夢である

農業や生活を話すと「お前!自分が言っている事が分ってるのか!それは人里

離れて、自給自足的な生活をするって事だぞ!女房や子供はどうする!?」

痛烈な、また兄弟のように思ってくれている人からのこの言葉で私は目が覚めたのです。

真剣に農的生活について考えよう、具体的に行動を起こそうと。
# by tsungara | 2009-05-17 20:21 | 週末農業

このブログを始めるまでに。

このブログを始めるきっかけは、2008年5月のNBONLINEに

「このままでは日本は食べていけない!」(東奔西走・山崎養世

さん)と言う記事を読んだことが始まりです。

ええっ!本当にそんな事になるのかな~?と半信半疑でしたが、

読み進めていくうちに、おいおい、俺達はこんなにのんびりして

いていいのか!大丈夫なのかよ~と真剣に、真面目に考え

込んでしまいました。

ちょうどそのころ、私は息子(当時小学校6年生)と毎週海にヨット

の練習や遠征に出かけて来た約4年間の活動に何らかの違和感

を感じ始めていたところでした。

ヨットと言うスポーツは海という大きなエリアを使った素晴らしいもの

でした。しかし、何か満足感の得られない時間を過ごしていると感じる

様になっていったのです。

息子と4年間を海の上で過ごし、多くの海面に2人で、時には友人と

訪れ活動した事は息子とのかけがえのない思い出と絆を作ってくれた

と私は感じています。

しかし、レースの結果にこだわったり、結果の出せない時は子供を

叱ったりした自分が今考えると恥ずかしいと思っています。

しかし、海は我々親子に多くのものを教え、与えてくれたと感謝して

います。

2008年5月30日の私のシステム手帳(女房が買ってくれた約20年

もの^^)にはこう書かれています。

百姓になると決意。45歳までに実現する。年収1000万円を目指す

最後の1000万円を目指すと言うのが恥ずかしいような気がしますが、

一生懸命にやる以上はそれくらいの所得を目指すべきだろうと考えていた

のだと思います。

それからネットで検索をしたり、書物を何冊も読みました。

最初は宮崎で有名な東京から移住されて、管理農業と言うべき観光ぶどう

農園を成功され、出版されている本を読みました。

ただ単純に「凄いな。こんなに悠々と農業ってできるのかな~???」

と思ったものです。

それからも何冊か農業をかっこよく、効率を重視した、管理農業をすれば

採算がとれて、商業ベースでもいいんだ!そうか!俺もこんな風に農業を

やってみたいな~って、今思えば軽いですが、夢ばかり追いそして成功して

農村で悠々自適な楽しい暮らし♪♪的な妄想を描いていただけかも知れません。

何冊か本を読んでいると必ずある人物の名前にぶち当たります。

福岡正信」さんです。

福岡さんの「わら一本の革命」ってなんなんだろう??????

この本から私の農業に対する考え方が方向転換することになったのです。
# by tsungara | 2009-05-12 20:18 | 週末農業

大いに笑いながら天然自然農法で豊作させましょう!
by tsungara
プロフィールを見る
画像一覧
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

フォロー中のブログ

最新のトラックバック

ライフログ

検索

ブログパーツ

ファン

ブログジャンル

画像一覧

イラスト:まるめな